(仮)f4650-55の日記【「46にもなって、急に発達障害ではないかと…」から数年、50にもなると…。55からは…。】

(仮)発達障害のグレーゾーンという中途半端 な状態で、今後どのように人生生きていくか

職人気質、前世やら天職について余談含めて…、

GW最終日、

まだ仕事、書類の修正作業が残っている

明日提出なのに…、

 

 

いろいろ考えると

自分は、他人に任せるより、自分でしてしまった方が早いとか簡単とか、思っている(ようなふし)がある。

話してもなかなか相手に伝わらない、伝わりにくいので、自分でしてしまう、作業を背負ってしまう、そんな流れになる。

 

その関連なのだが、出来るだけ他の人に自分の判断に至った経緯・諸条件など.知ってもらいたい、その上で対等に話や、議論して共通の認識を持ちたいと思っている(ようです)。

 

この2つ、関連しているのですが、やはりこのような感覚、考え方では、なかなか仕事相手、客先やら仕事仲間とうまくやっていくのは難しいのかもしれない、

 

 

またに思うのですが、自分は、職人気質があると感じている、かなり前からですが…、変なこだわりから変にこだわったモノを作る、仕上げることに喜びを感じる、左官職人とかいいのかも、職人によって仕上げがさまざまになる感じ…

(新婚旅行に、海外インド旅行に行った、家内にはいろいろ譲歩していただいた。ただ家内の条件としては(バックパッカーのような貧乏旅ではなく、)豪華宮殿ホテルに宿泊するパックツアーの旅行を提案してくれた。なんでインドにこだわっていたのか、いま思うと不思議だ、学生の頃から、インドに行くと人生変わるよ、世界観が変わるよとかいわれていたこともあるが、世界遺産にもなっているタージマハル、あの建物を見るためにいったと感じている、内外大理石に施された細かな象嵌細工、家具や小物ならまだしも、建物全体に施している。また象嵌細工の工場(こうば)にも見学しに行った、職人さんの作業もみた。インドの新婚旅行ではなんとなくではあるが、自分の前世はインドで象嵌細工をしていたと感じた、おそらくタージマハルには関わっていない、そんなことから建物の設計の方面に進んだと感じている。また余談になるが、大学で建築学科に進み、新歓のときに、新人全員に何故建築に進んだのか?と言う質問が投げかけられ、自分は、とっさに「天職と思っている」と回答した、いま思うと建築というより職人として、天職だったのではなきだろか、)

 

 

変な話、建物自体には、あまり興味がなく、モノのありようやら、材料の細かな納まり、それがどうなって機能的にも工法的にも成り立っているのか、そういうところに興味がある。

 

設計をしていた時期もあった20数年くらい前、明確に自分がこれだ!と示せたものは、ほとんどない。調整の作業、または調整すら出来なかった。設備や構造との調整…。変な話、そのような調整はどうでもよく、建物が建ってまでにどうにか(機能的なモノは)収まるものだと言う設計の上の方がいってた、だからこそ、建物のカタチやデザインを優先して検討して決めていかないと駄目なんだ…、と言われたことがある。

半分は、なるほどとは思いましたが、(程度もあるが、)基本的には、機能的に納まってないものはあり得ないと私は考えている。カタチやデザインといっても、変なところに空調ダクト吹き出しがあるとか、等間隔の格子がバラバラになるなど、そういうこと、誰もが分かることがデザインの見方と思っている、この辺りも会話する人同士での共通認識がないと会話にならないのだが…。